東京高等裁判所 平成2年(行ケ)260号 判決 1991年9月19日
原告
猪狩明寛
被告
特許庁長官
主文
特許庁が平成1年審判第3536号事件について平成2年8月23日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者が求める裁判
一 原告
主文と同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二原告の請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和55年12月16日、名称を「磁石駆動機」とする発明(後に、「磁気駆動装置」と補正。以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和55年特許願第176513号)をしたが、平成元年1月31日拒絶査定がなされたので、同年3月2日査定不服の審判を請求し、平成1年審判第3536号事件として審理された結果、平成2年8月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年10月24日原告に送達された。
二 本願発明の要旨(別紙図面A参照)
所定間隔を空けて帯状に配列された複数の独立した磁石から成る固定子と、
磁石を備え、固定子に対向して移動可能に設けられた駆動子とから成り、
この駆動子と前記固定子のいずれか一方の側の磁石は同一の単一磁極面を用い、他方の側の磁石は両極磁極面を用い、
両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を駆動子の移動方向に向けつつ、一方が他方に対して互いに交叉するように配置させ、互いの磁極面を磁力線の及ぶ範囲に近付けること
を特徴とする、磁気駆動装置
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 これに対し、実開昭55―54199号公報(実願昭53―139274号の願書に添付された明細書と図面を撮影したマイクロフイルム参照、以下、引用例という)(別紙図面B参照)の実用新案登録請求の範囲には、
「永久磁石を備えた浮動部材と、この浮動部材に反発力を付勢する電磁石を備えた固定部とを有する浮動玩具用反発電動装置において、前記永久磁石と電磁石との間に、該電磁石の励磁用電源を開閉するための感磁スイツチを介装し、この感磁スイツチを、前記電磁石の磁力線に直交もしくは直交に近い状態で交差するように前記電磁石側に装着したことを特徴とする浮動玩具用反発電動装置」が記載されている。
そして、永久磁石は浮動部材の下端部にほぼ水平になるように装着され(明細書第三頁第三行ないし第一一行、第1図)、電磁石はその磁軸の延長線が永久磁石の磁軸に交差するように配置されており(明細書第三頁第一九行ないし第四頁第二行、第1図)、スイツチが作動すると、電磁石の鉄心に磁極N、Sが第5図の向きに生じて永久磁石との間に反発・吸引力が働く結果、浮動部材が第5図のX位置に移動したりする(明細書第五頁第一八行ないし第六頁第三行、第5図)ことが記載されている。
右の第1図又は第5図によれば、永久磁石はN極とS極を水平に配置するものであるから、電磁石に対向する面は両極(NとS)磁極面であり、電磁石の永久磁石に対向する面は単一(N)磁極面である。
3 そして、第5図から明らかなように、浮動部材の両極磁極面は電磁石の単一磁極面の磁極(N)と同一の磁極(N)を浮動部材の移動方向(X)に向けられたときスイツチにより駆動されるものであり、そのときの磁軸は互いに交差し、かつ、互いの磁極面は磁力線の及ぶ範囲内に近付いている結果、磁気の相互作用によつて浮動部材が駆動されるものである。
したがつて、引用例記載の考案は、左記のようにまとめることができる。
「磁石から成る固定部と、磁石を備え固定部に対向して移動可能に設けられた浮動部材とから成り、前記固定部の側の磁石は単一磁極面を用い、浮動部材の側の磁石は両極磁極面を用い、両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を浮動部材の移動方向に向けつつ一方が他方に対して互いに交叉するように配置させ、互いの磁極面を磁力線の及ぶ範囲に近づけることを特徴とする、磁気駆動装置」
4 本願発明と引用例記載の考案を対比すると、引用例記載の「固定部、浮動部材」は本願発明の「固定子、駆動子」に相当するので、本願発明の要旨における「駆動子と固定子のいずれか一方」として固定子を選択した場合、本願発明と引用例記載の考案は左記の一致点と相違点を有することになる。
a 一致点
磁石から成る固定子と、磁石を備え固定子に対向して移動可能に設けられた駆動子から成り、固定子の側の磁石は単一磁極面を用い、駆動子の側の磁石は両極磁極面を用い、両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を駆動子の移動方向に向けつつ、一方が他方に対して互いに交叉するように配置させ、互いの磁極面を磁力線の及ぶ範囲に近づけることを特徴とする、磁気駆動装置
b 相違点
固定子の構造が、本願発明が、所定間隔を空けて帯状に配列された複数の独立した磁石から成るのに対し、引用例記載の考案は、一個の(電)磁石から成る点
5 右相違点について検討するに、複数個の磁石を極性を揃えて直列又は並列に配置すれば磁石の物理的な大きさが大となり、逆に、単一の磁石を切断すれば個々の片が独立の磁石となることは、周知の事実である(必要ならば、川上正光ほか著「基磁電磁現象」(共立出版株式会社昭和36年3月10日発行)第五頁第四行ないし第六行、第1・6図を参照)。すなわち、所望の大きさの磁石を得るために複数の独立した磁石を配置することは単なる慣用手段であつて、その配置に当たつて、磁石間に所定の間隔を空けるか否か、全体の形状を帯状とするか否かは、必要とする磁石の形状、あるいは、個々の磁石の取付け固着手段との関係によつて、任意に選定し得る性質の事柄である。
したがつて、引用例記載の考案における固定子としての磁石を、本願発明のように「所定間隔を空けて帯状に配列された複数の独立した磁石」で構成することは、前記の周知の事実あるいは慣用手段に基づいて容易に推考し得たものと認められる。
また、固定子を本願発明のように構成しても、駆動子が固定子の一方の端から他方の端へ横方向に移動するのみであるから、その作用効果は、引用例記載の考案と比較して格別顕著なものとすることはできない。
6 以上のとおり、本願発明は、引用例記載の考案、及び、前記の周知慣用手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
引用例に前項2の技術的事項が記載されていること、及び、本願発明が審決認定の点において引用例記載の考案と相違することは認める。しかしながら、審決は、引用例記載の技術内容を誤認して本願発明との一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断及び本願発明が奏する作用効果の顕著性の判断をも誤つた結果、本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。
1 一致点の認定の誤り
審決は、引用例記載の浮動部材の両極磁極面は電磁石の単一磁極面の磁極(N)と同一の磁極(N)を浮動部材の移動方向(X)に向けられたときスイツチにより駆動されるものであると認定した上、本願発明と引用例記載の考案は「両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を浮動部材の移動方向に向けつつ」配置される点において一致する、と認定している。
しかしながら、引用例の第五頁第一二行ないし第六頁第三行の記載によれば、引用例記載の浮動部材1は、リードスイツチ8がオンされる結果として別紙図面B第5図のX方向へ移動する場合もあるというにすぎないから、審決が認定するように、浮動部材1の両極磁極面の磁極(N)が方向(X)に向けられたとき、常に、リードスイツチ8がオンし浮動部材1が移動方向(X)に駆動されるということはできない。
すなわち、糸で吊り下げられた棒状の永久磁石2をリードスイツチ8のリード8A、8Bの上へ横方向から近付ければ、永久磁石2は糸を支点として揺動しながら、磁性材料で形成されているリード8A、8Bの長手方向に沿つた位置に並ぼうとするが、リードスイツチ8は永久磁石2の磁軸に対して水平方向に九〇度ずれて配設されているのであるから、結局、永久磁石2は九〇度回転することを余儀なくされることになる。このように、引用例記載の浮動部材1は、リード8A、8Bの長手方向に沿つた位置に並ぼうとして、リードスイツチ8の前後左右に揺動したり、右回りあるいは左回りに回転したりすることを繰り返すのであるから、リードスイツチ8がオンするのは、永久磁石2を取り付けた浮動部材1が移動方向(X)に正確に一致した時点のみに限定されず、むしろ、浮動部材1が移動方向(X)に一致するより前の時点、あるいは、移動方向(X)を通過した後の時点である方が多いと考えられる。そうすると、引用例記載の浮動部材1の移動方向は、浮動部材1がリード8A、8Bに近付く位置、方向あるいは速度によつて千差万別であるというほかないのであつて、本願発明の駆動子の移動方向のような規則性を持ち得ないことは明らかである。
以上のとおり、引用例記載の考案においては、浮動部材1の両極磁極面が電磁石4の単一磁極面に対して同一の磁極を近付ける方向と、その結果として引き起こされる浮動部材1の移動方向が常に一致するとはいえないから、本願発明と引用例記載の考案は「両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を浮動部材の移動方向に向けつつ」配置される点において一致する、とした審決の認定は誤りである。
2 相違点の判断の誤り
審決は、引用例記載の考案の固定子としての磁石を本願発明の所定間隔を空けて帯状に配列された複数の独立した磁石で構成する程度のことは周知の事実もしくは慣用手段に基づいて容易に推考し得た、と判断している。
しかしながら、所望の大きさの磁石を得るために複数の独立した磁石を配置することが慣用手段であるとしても、浮動部材を一定の方向に移動させる目的をもつて複数の磁石を所定間隔を空けて帯状に配列することが、容易に予測し得たとはいえない。このことは、引用例に、浮動部材がX方向へ移動することが記載されていても、電磁石を複数配列することによつて浮動部材をX方向へさらに連続して移動させることは示唆すらされていないことからも、明らかである。
3 作用効果の判断の誤り
審決は、本願発明の作用効果が引用例記載のものと比較して格別顕著なものであるとすることはできない、と判断している。
しかしながら、浮動部材がいずれの方向に移動するか予測し難い引用例記載の考案の作用効果と、リードスイツチのような部材を設けなくとも駆動子が必ず一定の方向に移動する本願発明の作用効果を同一に論ずることはできない。そして、本願発明は、駆動子を固定子の一端に置くのみで自動的に駆動子が比較的長い距離を移動し、しかも、一方向に移動した駆動子の磁石を反転させれば駆動子は再び元の位置へ戻るから往復運動を楽しむこともできるという顕著な作用効果を奏するものである。
第三請求の原因の認否、及び、被告の主張
一 請求の原因一ないし三は、認める。
二 同四は争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。
1 一致点の認定について
原告は、審決が、引用例記載の浮動部材の両極磁極面は電磁石の単一磁極面の磁極(N)と同一の磁極(N)を浮動部材の移動方向(X)に向けられたときスイツチにより駆動されるものであるとした上、本願発明と引用例記載の考案が「両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を駆動子の移動方向に向けつつ」配置される点において一致すると認定したのは誤りである、と主張する。
しかしながら、引用例記載のリードスイツチ8は、永久磁石2の磁軸が各リードの長手方向に沿う位置にきたときスイツチオンして、電磁石4を励磁する。その結果、永久磁石2は、その磁軸方向で、かつ、電磁石4の磁極と同一の磁極が、電磁石4の磁極の端縁に向かう駆動力を受けるので、永久磁石2を装着された浮動部材1はリードスイツチ8の長手方向に沿つて移動する。もつとも、浮動部材1の移動方向は、厳密にはリードスイツチ8の長手方向と一致せず、多少のばらつきを生ずると考えられるが、前記のように電磁石4が励磁されるのは永久磁石2がリードスイツチ8の長手方向に沿つたときのみであり、しかも、浮動部材1の移動方向が常に永久磁石2の磁軸方向に限定されることはいうまでもない。
したがつて、浮動部材1の移動方向のばらつきは大きなものではないといえるから、引用例記載の浮動部材の両極磁極面は電磁石の単一磁極面の磁極Nと同一の磁極Nを浮動部材の移動方向Xに向けられたときスイツチにより駆動されるものであるとし、本願発明と引用例記載の考案が「両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を駆動子の移動方向に向けつつ」配置される点において一致するとした審決の認定に、誤りはない。
2 相違点の判断について
原告は、所望の大きさの磁石を得るために複数の独立した磁石を配置することが慣用手段であるとしても、浮動部材を一定の方向に移動させる目的をもつて複数の磁石を所定間隔を空けて帯状に配列することが容易に予測し得たとはいえない、と主張する。
しかしながら、本願発明の固定子を構成する磁石の大きさあるいは形状は、駆動子が外力を受けることなく移動し得る範囲内において、適宜に選択されれば足りる事項である。したがつて、固定子を複数の小磁石を間隔を空けて配列して構成し、駆動子の移動方向に沿う帯状のものにする程度のことは、周知事実又は慣用手段に基づいて当業者が容易に推考し得たものというべきであるから、相違点に関する審決の判断に誤りはない。
3 作用効果の判断について
原告は、浮動部材がいずれの方向に移動するか予測し難い引用例記載の考案の作用効果と、駆動子が必ず一定の方向に移動する本願発明の作用効果を同一に論ずることはできない、と主張する。
しかしながら、引用例記載の永久磁石2(したがつて、永久磁石2を装着した浮動部材1)の移動方向が、リードスイツチ8の長手方向との関係で一定の方向性を有するといえることは前記のとおりである。一方、本願発明も、駆動子の移動方向を規制する特別の移動規制手段を備えているわけではない。したがつて、引用例記載の浮動部材1の移動態様と、本願発明の駆動子の移動態様の間に、顕著な差異はないというべきである。
なお、原告は、本願発明によれば駆動子を固定子の一端に置くのみで自動的に駆動子が移動し、往復運動を楽しむことも可能である、と主張する。
しかしながら、本願発明では、同一の磁極どうしの間に生ずる最初の反発力を克服するめたに外部からエネルギーを与える手段、及び、固定子の端縁まで移動した駆動子の磁石を反転させる手段が何ら具体化されていないから、原告主張の右作用効果を首肯することはできない。
第四証拠関係
証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いない甲第三号証(平成2年7月7日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照。なお、別紙図面Aの第1図は成立に争いない甲第五号証(平成元年3月31日付け手続補正書)の図面、第2図及び第3図は甲第三号証の図面である。)。
1 技術的課題(目的)
本願発明は、磁石の磁力のみを利用した、磁気駆動装置に関する(第一頁末行ないし第二頁初行)。
磁石どうしの吸着力あるいは反発力を利用して駆動子を動かす磁気駆動装置は公知であるが、従来技術は、磁極のN極面あるいはS極面のいずれか一方(単一磁極面)のみを利用しており、N極面とS極面(両極磁極面)を利用したものは存在しない。本願発明の技術的課題(目的)は、両極磁極面と単一磁極面の双方を利用した磁気駆動装置を創案することである(第二頁第三行ないし第一一行)。
2 構成
本願発明は、右技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(第一頁第五行ないし第一五行)。
別紙図面Aの第1図は、本願発明の原理の説明図である(第九頁第一六行及び第一七行)。すなわち、磁石の磁極にはN極とS極しかないが、立方体の磁石1の六つの面を考えると、N極のみの単一磁極面2、S極のみの単一磁極面3のほかに、一つの面にN極とS極の両磁極が存在する両極磁極面4が四面あることになる(第三頁第四行ないし第一二行)。そして、偏平な大型磁石をN極の単一磁極面を上にして置き、その単一磁極面の左端に、小型磁石の両極磁極面のN極側を近付け、最初は反発力による抵抗に遭遇するがなおも近付けると、小型磁石は大型磁石の左端に吸着され、急激に右方向へ移動する(第三頁第一三行ないし第四頁第二行)。その原理は、最初は小型磁石の両極磁極面のN極と大型磁石のN極どうしが反発し、小型磁石は磁力線による反発力の方向(外側)に押されるが、両磁石をなおも近付けると、小型磁石の両極磁極面のS極が大型磁石のN極に吸引されることにあると考えられる。もつとも、その吸引動作と同時に、N極どうしの反発によつても、小型磁石は右側にずれるが、ある程度右側にずれれば、小型磁石の両極磁極面のS極が大型磁石のN極の右側に吸引されることになり、吸引―反発―吸引が連続的に作用する結果、小型磁石は大型磁石の左端から右端へ瞬時に移動するものと考えられる(第四頁第六行ないし第一九行)。
本願発明は、この原理を連続的に行わせるものであつて、別紙図面Aの第2図はその一実施例である。すなわち、永久磁石5a、5b、5cを、N極の単一磁極面を上にし一列に揃えて固定子5を構成し、5a、5b、5cと同じ磁力を有するが固定子5全体より短い永久磁石6aを駆動子6とする。そして、駆動子6の両極磁極面のN極側を先にして固定子5の左側から近付けると、最初は若干の反発力に遭遇するがなおも近付ければ、駆動子6は吸引されつつ瞬時に固定子5の右端の永久磁石5cまで移動し、5cの端部に吸着されて停止する(第五頁第五行ないし第一八行)。なお、第3図は、固定子5を構成する永久磁石の数を増した実施例であるが、この場合も、駆動子8は、固定子7の最右端の永久磁石7eの端部に吸着されて停止する(第五頁第一九行ないし第六頁第五行)。
3 作用効果
本願発明によれば、駆動子の移動がずれることなく安定する利点がある。また、駆動子の磁極面を交互に変えれば、駆動子の連続的な駆動を持続させることができる(第九頁第一一行ないし第一四行)。
二 以上のように、本願発明は、駆動子を一定方向、かつ一定長さ的確に移動させることを技術的課題(目的)とするものであるから、固定子を構成する磁石の長さが重要な意味を有する(とりわけ、本願発明は固定子を複数の独立した磁石で構成しているので、固定子を構成する個々の磁石の単一磁極面から放出される磁力線の方向を考慮し、駆動子の移動が滑らかに行われるように、複数の磁石の間隔を的確に設定することが極めて重要な意味を有すると考えられる。)。そして、本願発明の技術的課題(目的)を達成するためには、駆動子の両極磁極面は、固定子の単一磁極面の磁極と同一の磁極を所望の移動方向に正確に向けて配置することが必須の要件であることが明らかである。
三 引用例について
前記認定のとおり、審決には、「実開昭55―54199号公報(実願昭53―139274号の願書に添付された明細書と図面を撮影したマイクロフイルム参照、以下、引用例という)」と記載されており、この記載によれば、本件出願の拒絶理由とされた引用例は右実用新案登録出願公開公報であるかのようにみえる。
しかしながら、成立に争いない乙第一号証によれば、本件出願に対する拒絶理由通知書には、「その出願前に国内において頒布された下記の刊行物」として「実開昭55―54199号公報(実願昭53―139274号の願書に添付された明細書と図面を撮影したマイクロフイルム参照)」と記載されていることが認められること、審決は、前記認定のとおり、「実願昭53―139274号の願書に添付された明細書と図面を撮影したマイクロフイルム」を参照すべきこととした上で「以下、引用例という」と記載し、かつ、引用例記載の技術内容を明細書の考案の詳細な説明の頁及び行を特定して摘示していること、原告は、本件訴訟の当初から、昭和53年実用新案登録願139274号の願書に添付されている明細書の考案の詳細な説明の記載を援用して審決の取消事由を主張していることに鑑みると、本件審判手続においては、実質的には、昭和53年実用新案登録願139274号の願書に添付されている明細書及び図面を撮影したマイクロフイルムが引用例とされており、原告もこのことを熟知していたものと理解するのが相当である。そして、前記のような手続の経緯に照らせば、引用例をこのように理解したとしても、原告にとつて何らの不利益も存しないことが明らかである。
そこで、以下、本件における引用例は昭和53年実用新案登録願139274号の願書に添付されている明細書及び図面を撮影したマイクロフイルムであるとの前提の下に、考察を進めることにする。
四 本願発明と引用例記載の考案の一致点の認定について
原告は、引用例記載の考案においては、浮動部材1の両極磁極面が電磁石4の単一磁極面に対して同一の磁極を近付ける方向と、その結果として引き起こされる浮動部材1の移動方向が常に一致するといえないから、本願発明と引用例記載の考案は「両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を浮動部材の移動方向に向けつつ」配置される点において一致するとした審決の認定は誤りである、と主張する。
1 そこで検討するに、成立に争いない甲第四号証(明細書及び図面を撮影したマイクロフイルムの写し。別紙図面B参照)によれば、引用例記載の考案は、名称を「浮動玩具用反発電動装置」とし、審決認定の事項を実用新案登録請求の範囲とするものであつて、その考案の詳細な説明の欄の記載によれば、引用例には左記のような技術的事項が記載されていると認めることができる。すなわち、
引用例記載の考案は、吊り下げられた浮動玩具に所定の反発力を付勢させる装置に関するものであつて(第一頁第一三行ないし第一七行)、従来技術は、浮動部材と固定部材の双方に永久磁石を設け、風などの外力を利用して浮動部材を動かすものであるため、磁石同志が反発して浮動部材が固定部材の真上を通過できず、その上方を旋回するのみであり、しかも外力を除去すると浮動玩具の動きが停止してしまうとの問題点を有していた(第二頁第三行ないし第一二行)との知見に基づき、外力に依存することなく断続的かつ確実に浮動部材を反発駆動し得る装置の創案を目的として(第二頁第一三行ないし第一六行)、その要旨とする実用新案登録請求の範囲記載の構成(前記審決の理由の要点2参照)を採用したもの(第一頁第四行ないし第一一行)と認められる。
右構成の核心は「断続的に電磁力を生ぜしめ」る(第一頁第一四行及び第一五行)ことであつて、これを一実施例を示す別紙図面Bによつて説明すると、1は永久磁石2を備え糸3により懸架された浮動部材であつて、永久磁石2は浮動部材1の下端にほぼ水平に装着される。浮動部材1の下方に配置される固定部5は、電磁石4、直流電源7及びリードスイツチ(感磁スイツチ)8を備えており、電磁石4の磁軸の延長線が浮動部材1の永久磁石2の磁軸と交差するように配置される。そして、リードスイツチ8は、浮動部材1の永久磁石2と固定部5の電磁石4の間(電磁石4の上)に水平に配設されるが、第2図に示すように永久磁石2の磁軸に対しては水平方向に約九〇度ずれ、電磁石4の磁軸に対してはほぼ直交するように配設する(第三頁第八行ないし第四頁第一〇行)。
このように構成すると、浮動部材1が第4図に示すようにP1あるいはP2の位置からP0の位置に移動してくると、浮動部材1は磁気作用により水平面において約九〇度回転し、第5図のP'0の位置に停止する(リードスイツチ8のリード8A、8Bが磁性材料で形成されており、リード8A、8Bの長手方向の磁気抵抗が、これに直交する方向の磁気抵抗より小さいため)。そして、浮動部材1が回転する前の、永久磁石2の磁軸がリードスイツチ8のリード8A、8Bの長手方向に直交する第4図の状態ならば、リード8A、8Bは第6図に示すように反発しあつて、リードスイツチ8はOFF状態である。しかしながら、浮動部材1が回転して、第5図に示すように永久磁石2の磁軸がリード8A、8Bの長手方向に沿う状態になると、リード8A、8Bが直列接続された磁路になり、リードスイツチ8は直ちに作動してON状態になる。リードスイツチ8がONになり電磁石4が励磁されると、鉄心4Aに磁極N、Sが生じて永久磁石2との間に反発・吸引力が働き、「浮動部材1は、鉄心4A上で回転したり或いは慣性により第5図のX位置に移動したりして種々異なつた動作を行う」(第四頁第一八行ないし第六頁第三行)。
このような浮動部材1の動作によつて、永久磁石2の一方の磁極がリードスイツチ8から遠ざかるか、あるいは、永久磁石2の磁路がリードスイツチ8と交差する状態になつて、リードスイツチ8に対する永久磁石2の影響が弱まると、リードスイツチ8は自らのバネ作用によつてOFFとなり、電磁石4の励磁が解放される。そうすると、浮動部材1は第4図の状態に戻り、P1あるいはP2の位置から自重によつてP0の位置に移動して、同一の動作が繰り返されることになる(第六頁第三行ないし第一三行)。
2 このように、引用例記載の考案は、糸で吊した浮動部材1をあたかも微風に吹かれるように自然に揺動させることを企図するものである。このことは、引用例がその構成の作用として、前記のように「浮動部材1は、鉄心4A上で回転したり或いは慣性により(中略)移動したりして種々異なつた動作を行う」と記載しているのみならず、前掲甲第四号証によれば、引用例には、その考案が奏する効果を「浮動部材1を不規則にかつ確実に反発駆動する」(第七頁第一六行及び第一七行)、あるいは「玩具としての浮動部材を当該浮動部材の動きに対応させて不規則にかつ確実に反発駆動することができ」(第一〇頁第一九行ないし第一一頁初行)と記載されていることが認められ、浮動部材が「不規則に」駆動することこそが考案の特徴であるとしていることからも、疑いの余地がない。
右のとおり、引用例記載の考案は、本願発明のように浮動部材(駆動子)を一定方向、かつ一定長さ的確に移動させることを技術的課題(目的)とする技術的思想ではないから、固定部を構成する電磁石4が特定の長さを有することは全く不必要である。のみならず、引用例記載の考案は、浮動部材1がその自重によつてたまたま別紙図面B第4図のP0の位置にきたとき、磁気作用により水平面において回転して第5図のP'0の位置に停止するというにすぎず、そこには、浮動部材1の両極磁極面の一つの磁極を所望の移動方向に正確に一致させて配置するという技術的思想は存しない。しかも、浮動部材1が糸で吊されており揺動自在であることに鑑みると、浮動部材1が第5図のP'0の位置に停止する結果として引き起こされる浮動部材1の移動の方向が、電磁石4の単一磁極面の磁極と同一の磁極の方向に正確に一致すると限らないことは、技術的に自明の事項である。したがつて、引用例記載の考案は、駆動子の両極磁極面は、固定子の単一磁極面の磁極と同一の磁極を所望の移動方向に正確に一致させて配置することを必須の要件とする本願発明の技術的思想とは、明らかに異質の技術的思想といわざるを得ない。
五 以上のとおりであるから、引用例記載の考案が「浮動部材の両極磁極面は電磁石の単一磁極面の磁極(N)と同一の磁極(N)を浮動部材の移動方向(X)に向けられたときスイツチにより駆動されるもの」であることを前提として、本願発明と引用例記載の考案は「両極磁極面は単一磁極面の磁極と同一の磁極を駆動子の移動方向に向けつつ」配置される点において一致する、とした審決の認定は肯認し難いものである。
そして、右のような認定の誤りが本願発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、その余の点において論ずるまでもなく、違法なものとして取消しを免れない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
<以下省略>